ゲーマーズROOM

ファミコン世代が喜びそうなゲームネタを中心に、ゲーム、アニメに関わる様々な情報をまとめたブログです。

    2020年06月


    GAMESが権利を有している。 2017年3月1日、同年3月25日を以てユーザーサポートと問い合わせのページを終了すると発表し、3月25日に公式サイトを完全に閉鎖した。 elf・シルキーズの多くの作品の販売は、DMM GAMESにより継続されている。 但し、MAGES.に譲渡されている「この世の果てで恋を唄う少女YU-N
    22キロバイト (2,973 語) - 2020年5月13日 (水) 14:48



    (出典 livedoor.sp.blogimg.jp)


    エルフ(英称:élf)は、かつて存在したアダルトゲームブランドであり、その製作を行っていた株式会社である。

    代表作は『ドラゴンナイト』シリーズ、『同級生』シリーズ、『下級生』シリーズ、『伊頭家』シリーズなど。

    1989年4月に、有限会社キララ(現・株式会社F&C)のブランド・フェアリーテールからシナリオの蛭田昌人、原画の阿比留壽浩、プログラマの金尾淳が独立する形となり、東京都世田谷区で創業した。ただし、ブランドとしてはそれ以前から活動しており、デビュー作の『ドキドキ!シャッターチャンス!!』は1988年12月に発売されている。ブランド名の由来は妖精のエルフから。同業他社と比べて殊更チラリズムに力を入れた作品が非常に多く、「あれれ」と叫ぶキャラクターや明るくスケベな主人公を頻繁に登場させるといった特徴がある。

    『ドラゴンナイト』でジャンルに囚われない作風と、グラフィックの流麗さで業界外からも注目を受けた。『同級生』の大ヒットで業界トップクラスのブランドとなり、当時は「東のエルフ、西のアリス」と謳われた。1992年には姉妹ブランドのシルキーズ (SILKY'S) を発足し、エルフとはやや毛色の異なる作品を次々と発表していく。

    『同級生』以降、竹井正樹や横田守といったアニメーター経験者や門井亜矢らなど外注原画家指向により活躍の場を失った阿比留は退社し、ミンクを起ち上げる。また、横田も『遺作』を最後に袂を分かち、Teriosを発足させる。

    同時期、シーズウェアで『DESIRE』や『EVE burst error』を発表し、人気を得ていた剣乃ゆきひろ(菅野ひろゆき)を内部スタッフとして招致し、取締役に迎える。剣乃による『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』(以降、『YU-NO』と記述)もまた、ユーザーからの評価や売上で共に大きな実績を残した。

    1990年代後半には、ライセンス許諾の形でコンシューマ市場に参入。NECアベニューやバンプレストなどにより移植された代表作数本は、計約40万本を売り上げる。

    また、18歳未満購入禁止の制限枠(18禁枠)を設けてアダルトゲームからの移植を容認する方針を示したセガサターン(以降、「SS」と記述)へは自社移植の形でも参入した。その発売作品の多くがあまり間を置かずにほぼ同じ内容のWindows95版も発売されていることから、逆移植を参入当初より視野に入れたものだったことが窺える。後にセガが18禁枠を撤廃した時を境に、SSへの自社移植からは撤退した。

    剣乃は諸事情から『YU-NO』のSSへの自社移植完了を待たずに退社。ペンネームを菅野ひろゆきに戻して株式会社アーベルを起ち上げている。

    2000年夏には、看板ソフトのほとんどをディレクションしてきた蛭田が代表取締役の座を下田篤に譲って引退。なお、エルフ設立当初から蛭田は3期12年で退任する予定だったという。

    以後は企画や開発の中心を、外部ライターとのコラボレーションに移行していくこととなる。

    パソコンゲーム
    ※印は成人向けと局部に修正を入れる等した一般向けの2種類が発売された。


    代表作

    シリーズもの
    ドラゴンナイトシリーズ
    1989年11月1日 - ドラゴンナイト
    1990年11月30日 - ドラゴンナイトII
    1991年12月14日 - ドラゴンナイトIII※(「沙織事件」により発売延期された作品)
    1994年2月25日 - ドラゴンナイト4(DOS版)
    2007年6月29日 - ドラゴンナイト4(Windows版)
    FOXYシリーズ
    1990年2月6日 - FOXY
    1991年4月4日 - FOXY2
    DE・JAシリーズ
    1990年6月15日 - DE・JA
    1992年6月25日 - DE・JA2※
    2004年5月28日 - DE・JA マルチパック
    SHANGRLIA(シャングリラ)シリーズ
    1991年8月28日 -SHANGRLIA(DOS版、Windows版は『エルフ大人の缶詰』に同梱)
    1993年9月30日 - SHANGRLIA2(DOS版、Windows版は『エルフ大人の缶詰』に同梱)
    2005年9月30日 - シャングリラ マルチパック
    エルフオールスターズ脱衣雀シリーズ
    1992年11月13日 - 雀JAKA雀(『エルフオールスターズ脱衣雀』のベースになった作品)※
    2000年3月30日 - エルフオールスターズ脱衣雀
    2001年11月22日 - エルフオールスターズ脱衣雀2
    2006年3月31日 - エルフオールスターズ脱衣雀3
    同級生シリーズ
    1992年12月17日 - 同級生(DOS版)
    1999年8月27日 - 同級生(Windows版)
    1995年1月31日 - 同級生2(DOS版)
    1997年8月29日 - 同級生2(Windows版)
    METAL EYE(メタル・アイ)シリーズ
    1993年4月28日 - METAL EYE
    1994年8月31日 - METAL EYE2
    伊頭家シリーズ(おやぢシリーズ)
    1995年8月25日 - 遺作(DOS版)
    1997年5月30日 - 遺作(Windows版)
    1999年2月26日 - 遺作(リニューアル版)
    2000年3月1日 - 遺作(Macintosh版)
    1998年3月27日 - 臭作
    1999年12月24日 - 臭作(Macintosh版)
    2001年3月30日 - 鬼作
    2001年6月4日 - 鬼畜探偵禿作(ファンディスク)
    下級生シリーズ
    1996年6月7日 - 下級生(DOS版)
    1998年6月26日 - 下級生(Windows版)
    2000年6月23日 - 下級生(Macintosh版)
    1998年7月24日 - 下級生スクリーンセーバーコレクション
    2004年8月27日 - 下級生2
    河原崎家の一族シリーズ
    1997年10月1日 - 河原崎家の一族(Windows版、DOS版はシルキーズ販売)
    2003年6月6日 - 河原崎家の一族2
    2010年2月26日 - 河原崎家の一族2 完全版(ダウンロード版は2009年4月23日に発売)
    2003年10月24日 - 野々村病院の人々・河原崎家の一族 マルチパック
    あしたの雪乃丞シリーズ
    2001年8月31日 - あしたの雪之丞
    2002年9月27日 - 勝 あしたの雪之丞2
    らいむいろシリーズ
    2002年12月13日 - らいむいろ戦奇譚 〜明治日本、乙女 防人ス。〜
    2003年8月29日 - らいむいろ雀奇譚 〜明治日本、乙女 先ヅモス。〜
    2004年12月24日 - らいむいろ流奇譚X CROSS 〜恋、教ヘテクダサイ。〜
    2004年12月24日 - らいむいろプレミアムセット
    ガテン系シリーズ
    2011年12月8日 - ボクの彼女はガテン系/彼女がした事、僕がされた事/巨乳妻完全捕獲計画/ボクの妻がアイツに寝取られました。(DMMダウンロード専売)
    2013年4月25日 - 麻呂の患者はガテン系(DMMダウンロード専売)
    2013年8月8日 - 麻呂の患者はガテン系2(DMMダウンロード専売)
    2013年8月8日 - 麻呂の患者はガテン系 1&2合体版(DMMダウンロード専売)
    2015年10月15日 - 麻呂の患者はガテン系3 完結編(DMMダウンロード専売)

    Wikipediaより
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%95_(%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89)

    1 名無しさん必死だな :2018/11/29(木) 11:26:59.41 ID:bPN7AjYsp.net

    下級生とかさ
    エロさというよりもストーリーとか面白かったよな


    【かつて存在したゲーム会社『エルフ(elf)』】の続きを読む


    データイースト株式会社 (Data East Corporation)は、かつて日本に存在したゲームソフトウェア開発会社。 福田哲夫が東海大学工学部を卒業後に就職した測定器メーカーが、光線銃式のエレメカを開発した。そのことでアーケードゲームに興味を持ち、独立して創業。当初はアーケード部品の下請け製造を行っていた。
    25キロバイト (2,852 語) - 2020年5月25日 (月) 08:42



    (出典 prtimes.jp)


    データイースト株式会社 (Data East Corporation)は、かつて日本に存在したゲームソフトウェア開発会社。

    福田哲夫が東海大学工学部を卒業後に就職した測定器メーカーが、光線銃式のエレメカを開発した。そのことでアーケードゲームに興味を持ち、独立して創業。当初はアーケード部品の下請け製造を行っていた。

    Data West社のような会社になることを目標とし、Data Westは"西"に対し東にある会社ということで社名が名付けられた。日本企業のデータウエスト社とは無関係である。

    デコ(DECO、Data East COrporationの略)の愛称を持ち、「デコゲー」と呼される独特な世界観を持つ個性的な作品を数多く輩出した。また、DECOのロゴも存在しており、こちらは1992年まで使われた(以後は海外で使われているDEを模したロゴに統一)。1980年には業界初の、カセット交換によるゲーム入れ替えを可能とした業務用システム基板「デコカセットシステム」を発表した。同じシステムがさまざまな会社で現在も使われている。

    ゲーム以外の領域でも、多角経営の観点から、世界初の専用回線不要のポータブルファクシミリ「データファックス2000」(1984年)を最初に、NTTドコモの衛星電話(ワイドスター)用データ通信アダプター、救急車用心電図伝送装置といった情報機器の開発、日本初の頭巾型防煙マスク「マイボーグ」(日本サイボーグ㈱との共同開発)(1984年)、椎茸の販売、『販促戦隊デコレンジャー』など、独自路線を走っていた。

    自社広告にあった「ヘンなゲームならまかせとけ!」を筆頭にゲーム中の「さあ牛だ」(『空手道』)、「アツクテシヌゼ」(『ならず者戦闘部隊 ブラッディウルフ』)、「我前に敵は無し」(『チェルノブ』他多数に使われ、データイーストのキャッチフレーズの代名詞とも言われる)、「いきなりクライマックス」(『エドワードランディ』)、「艶姿三強男之勝負拳(「トリオザパンチ」と読む)」(『トリオ・ザ・パンチ』)、「竜退治はもう飽きた」(『メタルマックス』)等、独特の威勢の良い台詞やキャッチコピーが多い。

    「デコゲー」の一般的イメージは「ヘンで大味」「完成度はともかく発想は他に類を見ない」等。独自性に限っていえば同時期のセガやナムコにも引けを取らない強烈さを持っている。他に媚びることのない極端に渋いテイストを持つゲームも多く製作し、その作風は多彩である。

    「ヘンなゲームなら」のキャッチコピーを考えたのは桝田省治。開発担当者たちは他の企業と同じく大真面目にゲームを作っていたため、このコピーに「我々のゲームの何処が変なのか」と憤慨していたらしい。

    販促戦隊デコレンジャー
    ゲームのイベント会場で行われた戦隊ショー風の興行である。その内容は「何の前触れもなく登場、販促が目的のはずなのにゲームの宣伝を一切せずに帰っていく」というものだった。これに関して百万円単位の予算があっさり通過し、デビュー直前の会場で「社長、またやってしまいました」と事後承諾で行われたとされる。また、社長自ら「わしも出たい」と言いだしたとも伝えられる。



    自己破産
    1998年にアーケードゲームから撤退、コンシューマ事業に絞り込むも、負債33億円で1999年11月に和議申請、債務の75%カットなどを条件として2000年7月に和議認可となった。同社はゲームとは無関係な副事業に手を出しており、以前に椎茸栽培(パッケージには同社ロゴ有り)に手を出して失敗したこともあった。さらにマイナスイオン発生装置などの新事業で再建をはかったが、2003年4月下旬東京地裁に自己破産を申請し、同月末を以てすべての業務を停止。同年6月25日に東京地方裁判所から破産宣告、7月7日付けの官報に掲載された。折しも当時はゲーム業界の変化で複数の著名なゲームメーカーが淘汰されていった時期であり、1998年にはコンパイルが和議申請により事実上の倒産(その後2002年に会社解散、2003年に破産)、データイーストの経営破綻と同時期の1999年11月にはヒューマンが和議申請、2001年にはネオジオに自社作品を供給するなどの提携関係にあったSNKが破産に追い込まれている。


    代表作
    アーケード
    1976年
    スーパーブレイク 
    1977年
    フウセンワリゲーム
    1978年
    スペースファイター
    1979年
    アストロファイター
    1980年
    テレジャン 
    1981年
    DSテレジャン 
    プロゴルフ
    1982年
    プロテニス
    ハンバーガー(バーガータイム)
    バーニン'ラバー
    ディスコ・ナンバーワン
    ミッションX
    1983年
    幻魔大戦
    プロサッカー
    ザ・ビッグプロレスリング - 開発はテクノスジャパン。
    1984年
    空手道シリーズ
    ザビガ
    B-WINGS 
    サンダーストーム
    ファイティングアイスホッケー
    リバレーション
    ハローゲートボール
    イエローキャブ
    1985年
    ロードブラスター
    サイドポケット
    メタルクラッシュ
    チャンバラ
    シュートアウト
    プロ野球入団テスト トライアウト
    バルダーダッシュ
    1986年
    強行突破
    ブレイウッド
    ダーウィン4078
    のぼらんか 
    ラストミッション
    1987年
    SRD SUPER REAL DARWIN 
    キャプテンシルバー
    カルノフ
    サイコニクス・オスカー
    スタジアムヒーロー
    バーディラッシュ
    ヘビー・バレル
    臥竜列伝
    魔境戦士
    ワンダープラネット
    ポケットギャル
    迷宮ハンターG 
    1988年
    チェルノブ
    コブラコマンド
    ドラゴンニンジャ
    ロボコップ
    スタジアムヒーロー
    1989年
    空牙
    トリオ・ザ・パンチ
    ならず者戦闘部隊 ブラッディウルフ
    シークレット・エージェント
    ミッドナイトレジスタンス
    アクトフェンサー
    ファイティングファンタジー
    1990年
    エドワードランディ
    シスコヒート(販売:ジャレコ)
    ダークシール
    1991年
    サンダーゾーン
    ウルフファング
    デスブレイド
    JOE&MAC 戦え原始人
    タンブル・ポップ
    1992年
    ザ・グレイト・ラグタイムショー
    ダークシールII
    超次元竜ドラゴンガン
    ダイエットGo Go
    1993年
    ファイターズヒストリーシリーズ
    ナイトスラッシャーズ
    ヘビースマッシュ
    1994年
    ダンクドリーム(ネオジオ)
    フライングパワーディスク(ネオジオ)
    ミラクルアドベンチャー(英語版)(ネオジオ)
    ガンハード
    1995年
    マジカルドロップシリーズ
    水滸演武
    1996年
    スカルファング 空牙外伝
    スタンプ倶楽部 - セガとの共同開発。

    Wikipediaより


    1 NAME OVER :2015/01/22(木) 19:04:11.19 ID:zdJr8PVn.net

    ないから立てた

    アーケードでも家庭用でも
    語れ


    【かつて存在したゲーム会社『データイースト』】の続きを読む


    株式会社東亜プラン(とうあプラン, TOAPLAN) 1984年から1994年にかけて、主に業務用のシューティングゲームを中心に開発していた日本の会社。東京都杉並区清水に本社を置いていた。また開発部が東京都豊島区池袋や、新宿区新宿3丁目に置かれていた事もある。
    11キロバイト (1,071 語) - 2020年6月5日 (金) 13:35



    (出典 pbs.twimg.com)


    株式会社東亜プラン(とうあプラン, TOAPLAN)

    1984年から1994年にかけて、主に業務用のシューティングゲームを中心に開発していた日本の会社。東京都杉並区清水に本社を置いていた。また開発部が東京都豊島区池袋や、新宿区新宿3丁目に置かれていた事もある。

    オルカ倒産後に在籍していたソフトチームがクラックスを設立。そのクラックスが経営難を理由に再び倒産し、一部スタッフがアーケードゲームの販売代理店だった東亜企画に移り、ゲームソフト部門を作ったのが東亜プラン誕生のきっかけだと言われている。東亜企画自体は1979年4月に設立。当初の代表取締役社長は清本吉行で、1992年に退任し、コメットの林泰三が社長を兼務することになった。

    マンションの一室でゲーム開発という環境からの再スタート、初期はタイトーを中心に他メーカーの下請けとしてゲームを製作していた。『究極タイガー』の成功により知名度が上がり、開発環境が整うと『ヘルファイヤー』を境に自社ブランドでの発売も行うようになった。なお流通については、引き続きタイトーが販売していた。

    『タイガーヘリ』や『飛翔鮫』等の、「フライングタイガースシリーズ」と呼ばれる一連の作品で縦スクロールシューティングの基礎を築いた。やがてシューティングブームの到来によって『達人王』等の、高難易度をアピールした作品を次々と製作し、シューティングゲームの高難度ブームを誘発。しかしこれが一般プレイヤーの減少を起こす一因となった。

    末期には『BATSUGUN』や、お家芸とも言えたシューティングゲーム一辺倒からアクションゲームなどの作品をリリースするなど、初心者にも配慮された作品を製作した。しかし、ゲーム人気が対戦格闘ゲームに移りつつあった当時、市場に受け容れられたとは言い難かった。

    1994年に倒産。その後、主要なスタッフがケイブを設立し、『首領蜂』等アーケードゲームの製作を続けていた。またタクミコーポレーションやタムソフト、タイトー等に移ったスタッフもいる。

    1990年代中頃から2000年代初頭にかけて消えていった数多くのアーケードゲームメーカーの代表格として、SNK、データイースト、コンパイル、彩京などとともによく取り上げられる。現在も多くのファンがいる。

    東亜プラン開発の主なアーケードゲーム
    1984年東亜プラン雀王
    1985年4月データイーストパフォーマン
    1985年10月タイトータイガーヘリ
    1985年東亜プラン雀狂
    1986年3月タイトーゲットスター
    1986年7月タイトースラップファイト
    1986年東亜プラン麻雀シスターズ
    1987年3月タイトー飛翔鮫
    1987年9月タイトーワードナの森
    1987年11月タイトー究極タイガー
    1988年5月タイトーダッシュ野郎
    1988年10月タイトーTATSUJIN
    1989年4月タイトー/東亜プランヘルファイヤー
    1989年6月タイトー/東亜プラン大旋風
    1989年7月東亜プランホラーストーリー
    1989年10月ナムコ/東亜プランゼロウイング
    1989年12月東亜プラン鮫!鮫!鮫!
    1990年5月東亜プランスノーブラザーズ
    1990年8月テクモ/東亜プランアウトゾーン
    1991年6月テクモ/東亜プランヴィマナ
    1991年6月テクモ/東亜プラン洗脳ゲーム TEKI・PAKI
    1991年11月タイトー/東亜プランゴークス
    1992年3月タイトー/東亜プランフーピー!!
    1992年6月タイトー/東亜プラン達人王
    1992年7月タイトー/東亜プランフィグゼイト -地獄の英雄伝説-
    1992年11月東亜プランドギューン!!
    1993年3月東亜プランヴイ・ファイヴ
    1993年6月東亜プランナックルバッシュ
    1993年11月タイトー/タカラ/東亜プランうそ発見機ゲームえんま大王
    1993年12月東亜プランBATSUGUN
    1993年-DT7(未発売)
    1994年4月HANAFRAMおてんきパラダイス(スノーブラザーズ2)
    1994年サンワイズパワーキック(メダルゲーム)
    1994年-幻界超戦デストピア(未発売)


    Wikipediaより
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%9C%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3

    1 名無しさん@お腹いっぱい。 :2016/08/14(日) 03:48:44.58

    シューティングゲームから古くは麻雀まで有名な東亜プランを語ろう。


    【かつて存在したゲーム会社『東亜プラン』】の続きを読む


    ファミコン通信』。『週刊ファミ通』は毎週木曜日に発行、派生雑誌は月刊、隔月、季刊、不定期刊で発行。2019年時点での公称発行部数は20万部(2007年は50万部)。 1986年、パソコン雑誌『Login(ログイン)』より派生したテレビゲーム専門誌『ファミコン通信
    38キロバイト (5,521 語) - 2020年5月9日 (土) 03:41



    (出典 pbs.twimg.com)


    いまから34年前の1986年(昭和61年)6月6日は、ファミコン通信が創刊した日。

     筆者的にはファミ通.comだけでなく、週刊ファミ通にもお世話になっているのでめでたい日だが、手前味噌にならないようにいつものノリで解説していこう。

     ファミコン通信はアスキー(当時)から発刊されていたゲーム雑誌で、現在は週刊ファミ通に名前を変えてKADOKAWA Game Linkageから発刊されている。言うまでもなくファミ通.comも、ファミ通から派生した情報サイトのひとつだ。

     ファミコン通信はもともとパソコン雑誌LOGiN(ログイン)のワンコーナーに過ぎなかったが、それが後にゲーム総合誌として独立。当時の競合誌は月1回の発刊がふつうだったが、ファミ通は隔週金曜発売をウリにしていた。

     創刊された1986年は、ファミリーコンピュータMagazine、ファミコン必勝本、マル勝ファミコン、ハイスコア、Beepなど、たくさんのゲーム雑誌が発刊されていた時代。そんな群雄割拠の時代に少し遅れる形で『べーしっ君』を表紙にして登場したのがファミコン通信だった。当時筆者はファミマガとマルカツの熱心な読者だったため、べーしっ君というキャラクターなど知るよしもなく、「すげえ表紙の雑誌が出たな……」と衝撃を受けたものだった。他誌と比較するとお笑い記事、いわゆるバカ記事の比率が多めなのが特徴でクロスレビューなどの名物コーナーとともに人気を博した。

     通常は裏方に徹する編集者を誌面に露出させたり、記名で原稿を書かせたりするなど、独特のカラーがあり、深夜テレビのようなノリで溢れていたようなところもゲーム雑誌としては異色だったと言えるだろう。

     ファミ通と言えば、やはり“ガバスシステム”を語らずにはいられない。ガバスとは仮想通貨のようなチケットのことで、一定枚数集めるとゲームソフトやゲーム機本体と交換できるというキッズには夢のようなシステム。昔は雑誌自体にもノーマルガバスが付属していたため、読者になった筆者はこれをコツコツ集めていたのだが、高額ガバスの賞品と交換するには投稿などで獲得する“メタリックガバス”が必要(しっかり注意書きも書いてある)で、ノーマルガバスだけでは無理だと知ったときは大層憤慨したものだった。いまもシステムは健在で、投稿でメタリックガバスを獲得すれば賞品と交換できる。


     ファミ通の顔とも言える存在のキャラクター“ネッキー”は、イラストレーターの松下進氏がデザイン。ネッキーという名称は読者の応募から採用された。

     1991年7月12日発売号からはゲーム情報の速報性に対応するために業界初の週刊化。来年は週刊化してから30周年を迎える模様。1995年12月22日発売号からは略称であった“ファミ通”が正式名称となっている。2009年8月20日発売号からは、ソフトの流通に合わせて本誌の発売日が金曜日から木曜日に変更された。現在の編集長は7代目で初の女性編集長のロマンシング★嵯峨。電子版も2011年10月28日発売号から配信されている。

    ちなみに、9月1日はファミ通の日として過去に日本記念日協会により認定されたことがある。ファ(8)ミ(3)つう(2)の語呂合わせだと存在しない8月32日になるため、8月31日の翌日ということで、9月1日がファミ通の日となった。

    記事本文はこちら
    https://news.yahoo.co.jp/articles/0d2694a25a766c8eb4605a3c39f055cbfb83c6db

    【『ファミコン通信』パソコン誌の1コーナーから始まったNo.1ゲーム総合誌】の続きを読む


    作詞:塩練訓 / 作曲:関和則 歌:Angel Fighters / コーラス:有栖川区の人々 闘姫伝承 ANGEL EYES ドラマ・アルバム (1997年1月発売、ブロッコリー) 収録内容 opening「・伝・承 ~光の天使~」 第1話『一触即発』 第2話『二者択一』 第3話『三位一体』 第4話『四面楚歌』
    10キロバイト (1,474 語) - 2020年2月25日 (火) 16:45



    (出典 dpc8tamkiuhgi.cloudfront.net)


    闘姫伝承 ANGEL EYES(とうきでんしょう エンジェル アイズ)は、テクモが発売した対戦型格闘ゲームである。後にプレイステーションに移植された。

    概要
    1996年に、テクモがアーケード向けに発売した2D対戦型格闘ゲームである。発売された当時はまさに2D対戦格闘全盛期だったのだが、『ストリートファイターZERO2』や『ザ・キング・オブ・ファイターズ』等の人気作が席巻していたこともあり、基板があまり出回らず、対戦人口も少なかった。

    プレイヤーキャラクターは全員女性(アーケード向けとしては、この構成は初の試みとなっている)であり、2Dのドット絵で描かれたアニメ調のキャラクターと3DCGでモデリングされたレンダリングキャラクターが入り乱れて闘う。

    強力な連続攻撃とハイスピードなゲーム性が特徴で、ほぼ全てのキャラクターに即死連続技がある。ファンによる署名がきっかけとなり、1997年12月11日にはPlayStation版が発売され、隠しキャラクターやレンダリングを2Dで描き直したキャラクターが使えるといった要素が加えられた。

    1997年1月にはブロッコリーよりドラマCDが発売されている。

    本作品は、同時期に作られた『デッド オア アライブ』に会社が力を注いだため、様々な点でフォローが得られなかった。PlayStationへの移植企画が実現した事は奇跡に近く、移植スタッフの能力が高かった事は更なる幸運であった。その辺りの出来事は、後に開発スタッフによって作られた同人誌「ANGEL EYES (period.)」に詳しい。

    ネームレジストで「AAA」と3文字入れると「●_●」に変わる。(●はアルファベットがランダムで決まるが、例えばA_D、G_Wなど)


    ストーリー
    8人のうち1人だけが大天使になれる事となった天使達は、その1人を戦って決める事にした。実体を持たなかったため、地上の者に乗り移り、大天使の座をかけて戦うのである。

    プレイステーション版のストーリーモードでは、天使の一人「えんじぇるちゃん」が乗り移ったキャラクターのオリジナルストーリーが展開する。

    Wikipediaより
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%98%E5%A7%AB%E4%BC%9D%E6%89%BF_ANGEL_EYES

    1 俺より強い名無しに会いにいく@\(^o^)/ :2015/03/21(土) 12:22:27.28 ID:siolHY6h0.net

    語れ


    【【ゲーム】『闘姫伝承 ANGEL EYES』1996年にテクモから発売!プレイヤーキャラクターが全員女性であり、スピード感と爽快感を追求した玄人向けアーケード用対戦型格闘ゲーム!】の続きを読む

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