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    タグ:すぎやまこういち


    すぎやま こういち(本名:椙山 浩一〈読みは同じ〉、1931年4月11日 - 2021年9月30日)は、日本の作曲家・編曲家・指揮者。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表。
    66キロバイト (8,272 語) - 2021年12月10日 (金) 09:58



    1 muffin ★ :2021/12/11(土) 12:21:25.78

    https://news.yahoo.co.jp/articles/68b627bc577ad1b96e62194217431a20ad911e2f

    ゲーム・ドラゴンクエストシリーズの楽曲や、歌謡曲「亜麻色の髪の乙女」「恋のフーガ」など多くのヒット曲を手がけた、作曲家・すぎやこういちさんの「お別れの会」が都内で行われました。
    笑顔の遺影を中心に、祭壇はドラゴンクエストのキャラクターや音符のデザイン、そしてたくさんの花で彩られました。

    最初に弔辞を読み上げたのは、共にドラゴンクエストシリーズを手がけてきたゲームデザイナー堀井雄二さん。

    堀井雄二さんは「現在制作中のドラゴンクエスト12についても、先生が一番やる気があったと思います。なのに逝ってしまわれるなんて本当に残念でなりません。ドラゴンクエストを作って35年 その世界にすぎやま先生は音楽という命をずっと吹き込んでくださいました。初めてドラゴンクエストの曲を作っていただいた時、まずクラシックという楽曲にとてもビックリしました。先生から『ゲーム音楽ほど長く聴く音楽はないのでクラシックが一番聴き減りがしないんだ』とお聞きして、とても納得した記憶があります。この夏のことですが、オリンピックの開会式でドラゴンクエストの曲が流れた時、初めてドラクエの楽曲を聴いた時のような興奮を覚え、鳥肌が立ちました。感無量の極みでした。先生には本当に素晴らしい楽曲をいっぱい書いていただきました。これからもドラゴンクエストは先生の音楽と共にあります。ドラゴンクエストのゲームと共にユーザーの心の中に先生は生き続けるはずです。すぎやま先生本当に長い間ありがとうございました。先生の人生こそロールプレイングでした。心よりご冥福をお祈り致します」と語りました。

    また、マリオシリーズやゼルダの伝説の”生みの親”のゲームプロデューサーとして知られる、宮本茂・任天堂株式会社・代表取締役フェローは「先生とはゲーム音楽コンサートに招待していただいたり、対談をさせていただいたことに始まって、バックギャモン協会の会長としての先生とファミコンのバックギャモンを開発したり様々な交流を持たせていただきました。まだ若造の我々をご自宅にお招きいただき、一緒にボードゲームを遊んだり、ゲームやカメラのコレクションを楽しそうに紹介していただいたり交流を通して若い我々とフランクな姿勢で対応していただきました。先生のその率直でエネルギーに溢れたお姿は『モノ作りとは、その1人1人のヤル気の集合だ』ということを体現されていたのだと思います。そして何よりご自身の仕事を楽しそうに語られるお姿は、現在の私の仕事の姿勢を作る上で、大いに手本とさせて頂いています。テレビ放送メディアと音楽の進化に携われた視点で黎明期のゲームメディアに注目いただき、わずかな電子音とノイズしか使えないゲームのサウンド。映画やテレビドラマのパロディの域を出ないゲームの音楽を1つのジャンルとして育て上げて頂きました。記憶は音と共に作られます。我々は先生が生み出された数々のシンプルなフレーズだけで沢山の体験と感情を思い起こし、そしてそれはいつまでも人々の心に残り続けます」と語りました。

    続いて、安倍晋三元首相、棋士の森けい二九段の弔文が読み上げられ、お別れの会の後半では、東京都交響楽団による、ドラクエの11の「序曲」、「過ぎ去りし時を求めて」の献奏が行われ、すぎやまこういちさんを偲びました。

    ライブ配信「すぎやまこういち お別れの会」(関係者の部)(アーカイブ配信は無し)

    (出典 Youtube)



    (出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)


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    すぎやま こういち(本名:椙山 浩一(読みは同じ)、1931年4月11日 - 2021年9月30日)は、日本の作曲家、編曲家、指揮者。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表。
    60キロバイト (7,673 語) - 2021年10月7日 (木) 08:44


     スギヤマ工房は、作曲家すぎやまこういち氏が9月30日に敗血症性ショックで亡くなったこと明らかにした。葬儀、告別式は近親者のみで執り行ったとしている。90歳。

     すぎやまこういち氏は、「ドラゴンクエスト」シリーズの作曲家としてゲームミュージック界の第一人者として知られる作曲家。2020年には文化功労賞にも選出され、今年開催された東京2020オリンピックでは、開会式で「ドラゴンクエスト」の名曲「ロトのテーマ」が採用されるなど、その名声は国内外で高く評価されている。

     なお、弔問、香典・供物・献花は、遺族の意向によりすべて辞退し、後日、お別れ会を行うとしている。日程は未定。

    記事本文はこちら
    https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1356787.html

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    すぎやま こういち(本名:椙山 浩一(読みは同じ)、1931年4月11日 - )は、日本の作曲家、編曲家、指揮者。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表。
    52キロバイト (6,609 語) - 2021年5月16日 (日) 10:31



    (出典 image.itmedia.co.jp)



    1 爆笑ゴリラ ★ :2021/05/27(木) 16:43:04.61

    5/27(木) 14:25
    日刊スポーツ

    すぎやまこういち氏「90歳でも頑張る」ドラクエ新作XII発表にコメント
    正式発表された「ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎」
    1986年(昭61)に第1作が発売され、35周年を迎える人気ロールプレーイングゲーム(RPG)「ドラゴンクエスト」の新作「ドラゴンクエストXII 選ばれし運命の炎」の発売が、第1作の発売日の27日、35周年記念特設ページとYouTubeチャンネルで配信された35周年記念特番で発表された。シリーズの生みの親のゲームデザイナー堀井雄二氏(67)は「発売時期は言えませんが、世界同時発売。コマンドバトルが一新します」などと明かした。

    第1作から音楽を担当する、作曲家すぎやまこういち氏(90)が、35周年記念特設ページに祝福のコメントを寄せた。

    「『ドラゴンクエスト』シリーズが生まれてから35年とのこと。『ドラゴンクエスト1』の音楽を子供の頃に聴いていた人も立派な大人になられているということですね。子どもたちが音楽的感性の一番育つ時期に何度も聴くことになるゲーム音楽はとても大事なものだと思います。長きに渡って多くの方々に『ドラゴンクエスト』の物語と音楽を愛し続けていただき、大変嬉しく思います。先日、卒寿(90歳)を迎えました。これまで『ドラゴンクエスト』シリーズでもたくさんの経験値を積み重ねてきました。僕の音楽に心を動かされた聴き手がいらっしゃる限りはがんばりたいと思っています。これからも生ある限り皆様の『心の応援団』となれるよう頑張ってまいります」(原文のまま)

    すぎやま氏は「ドラゴンクエスト」シリーズの代名詞ともいうべき「序曲」をはじめ、シリーズのほぼ全ての楽曲の作曲を担当。2016年(平28)9月には「世界最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家」としてギネス世界記録に認定されている。


    (出典 amd-pctr.c.yimg.jp)

    https://news.yahoo.co.jp/articles/f1bd9c8cfa123bf3346f8b2b0755c8fadba1065a


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    すぎやま こういち(本名:椙山 浩一(読みは同じ)、1931年4月11日 - )は、日本の作曲家、編曲家、指揮者。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表。
    52キロバイト (6,609 語) - 2021年5月16日 (日) 10:31



    (出典 www.4gamer.net)



    1 征夷大将軍 ★ :2021/05/27(木) 07:37:08.18

    マグミクス2021.05.27
    https://magmix.jp/post/54741

    「そして伝説へ…」鬼才ぶりがうかがえる数々のすぎやまこういち伝説を一挙ご紹介

     すぎやまこういち氏。日本を代表する作曲家です。「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽を担当したことでも有名ですが、ゲーム音楽のみならず、誰もが聴いたことのある曲をこれまで実に数千曲の作曲を手がけたリビングレジェンドです。2016年には「最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家」としてギネスに認定され、2018年には旭日小綬章を受章、2020年には文化功労者に選出されています。

     すぎやま氏は1931年(昭和6年)、世に言う満州事変の年に生まれ現在90歳。誰もが耳にしたことある名曲を生み出し続けているすぎやま氏ですが、その人生もまたにわかには信じがたい浮世離れしたエピソードが数多く存在。本稿では 「東大卒ゲーマー」として「作曲家」しても振り切れた才気を宿した“天才・すぎやまこういちの伝説”を文字数の許す限りご紹介します。

    ●灯火管制のなかでも花札に興じていた少年時代
     
     東京・下谷で生まれたすぎやま氏は小さい頃から両親より「ゲーム」と「音楽」の英才教育を施されてきました。音楽に関していえば祖母の英語の賛美歌を子守歌に眠り、楽譜の読み方を両親に教わると小学校の頃からコーラス隊を結成し指揮者を担当します。さらに「ゲーマー」としての才能もここで開花。両親とも筋金入りのゲーム好きだったため、夜間空襲に備え灯火管制が敷かれている時も光を外に漏らさぬよう注意しながら花札やトランプに家族で興じていたそうです。

    ●音大はお金がかかるので…泣く泣く東大に行く

     成蹊高校では自ら「音楽部」を創設し音楽熱が高まる一方でしたが、両親からは「学費が安いので公立に行け」と言われ、またピアノが家になかったことから泣く泣く音大を諦め、仕方なく東大に入ったとのこと。『ドラゴン桜』が霞みます。結局、東大入学後も授業を抜け出しては高校オーケストラの指揮をしていたそうです。

    ●音楽愛が爆発したディレクター時代…口パク歌手に「出て行け!」と怒鳴る
     
     大学卒業後は文化放送勤務を経てフジテレビへと入社。念願の音楽番組の担当が決まるとそこで愛が爆発。ある英国の有名歌手が口パクで歌おうものなら「ゲット・アウト!」と怒鳴り帰らせたり、カメラマンや照明含めスタッフ全員楽譜が読めるよう徹底したり、“独裁者”扱いされていた時代もあったと言います。なおこの頃にはすでにザ・タイガースの曲を手掛けるなど作曲家としてのキャリアをスタートさせていました。

    ●“あの曲”は5分で完成! たった1週間で作った『ドラクエ』音楽

     フジテレビ退社後、作曲活動に専念していたすぎやま氏のもとにエニックスから急きょ『ドラゴンクエスト』の作曲依頼が舞い込みました。ところが、のっぴきならぬ事情で締め切りはたった1週間。そんな状況下ゆえか、かの有名な『序曲』にいたっては5分で作り上げてしまったとか。

    ●「ふっかつのじゅもん」を印刷する機械をわざわざ購入

     ここからは「作曲家」ではなく「ゲーマー」としての伝説もご紹介。『ドラクエ』音楽を30年以上担当できたのも『ドラクエ』愛があったからこそと語るすぎやま氏は、基本的に全てのキャラはレベル99まで育てあげるそう。また当時プレイヤー泣かせとしても有名だった『ドラゴンクエストII』の52文字の「ふっかつのじゅもん」にいたっては書き損じがないよう、テレビ画面ごとプリントアウトできる機械を購入したたそうです。スマホカメラがない時代とはいえ、その執念には驚かされます。

    ●そもそも『ドラクエ』も「将棋ゲーム」の意見書から始まった!

     好きなものに対しての情念が桁違いのすぎやま氏。先述の『ドラクエ』の仕事が決まった経緯もまたゲーマーならでは。エニックスの『森田将棋』というパソコン用将棋ゲームにハマっていたすぎやま氏がアンケートに“生意気なこと”を書いて送ったことがきっかけとなり、同社のゲーム音楽を担当することになったのだとか。

     ……逸話はまだまだあるのですがとても入りきりません。現在も休日はもっぱらDSに夢中だというすぎやま氏。きっとまたご自身の伝説を、ご自身で塗り替えてくれるに違いありません。


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