ゲーマーズROOM

ファミコン世代が喜びそうなゲームネタを中心に、ゲーム、アニメに関わる様々な情報をまとめたブログです。

    2021年05月


    たけしの挑戦状』(たけしのちょうせんじょう)は、1986年(昭和61年)12月10日にタイトーが発売した、お笑いタレントビートたけし監修ファミリーコンピュータ用ゲームソフト。会社員である主人公が南海孤島に眠っているという財宝を探しに行くという内容で、「ポリネシアンキッド 南海黄金」というサブタイトルも付けられている。
    37キロバイト (5,272 語) - 2021年5月22日 (土) 13:07



    (出典 futaman.ismcdn.jp)



    1 muffin ★ :2021/05/23(日) 13:35:22.39

    https://futaman.futabanet.jp/articles/-/120564?page=1

    1970年代後半、アーケードゲーム『スペースインベーダー』で日本中を熱狂させ、社会現象を巻き起こしたゲームメーカーの「タイトー」。ファミコンにも早くから参入し、さまざまな個性的なゲームタイトルをリリース。サードパーティとしてはナムコ、コナミ、バンダイに次ぐ4位のタイトル本数を誇っている。

    現在はスクウェア・エニックスの子会社となったタイトーだが、今でもファミコンで遊んだ数々の名作が忘れられない人も多いのではないだろうか。そこで今回はファミコン世代である40代から50代の男性300名を対象に「一番好きだったタイトーのファミコンソフト」をリサーチ。その結果をランキング形式で紹介。(アンケートサイト「ボイスノート」協力)

    1位 たけしの挑戦状
    2位 アルカノイド
    3位 ススペースインベーダー
    4位 バブルボブル
    5位 究極張り切りスタジアム
    5位 エレベーターアクション
    7位 たけしの戦国風雲児
    8位 影の伝説
    9位 六三四の剣 ただいま修行中
    10位 フロントライン

    まず第3位(9%)にランクインしたのは、冒頭でも触れた『スペースインベーダー』(ファミコン版は1985年4月17日発売)。タイトーのファミコン参入第1弾となった記念すべきタイトルでもある。横移動しながら少しずつ迫ってくるインベーダーたちを自機のビームで攻撃。トーチカと呼ばれる防御壁で敵の攻撃をしのぎながら、画面内のインベーダーを全滅させていくシューティングゲームだ。最接近したインベーダーの弾は自機に当たらないという仕様を利用し、敵を目の前まで引きつけてから一網打尽に。アーケード版ではおなじみの、この「名古屋撃ち」と呼ばれるテクニックはファミコン版でも再現可能だった。

    続いて第2位(9.7%)となる支持を集めたのは『アルカノイド』(ファミコン版は1986年12月26日発売)。こちらもタイトーを代表するアーケードゲームの移植作品で、『ドラえもん』の声を長年務めた大山のぶ代さんがゲーム筐体を購入するほど愛したゲームとしても知られる。

    第1位(15%)に選ばれたのは、『たけしの挑戦状』(1986年12月10日発売)。お笑い芸人のビートたけしが監修を務めたアクションゲームで、理不尽すぎる謎が満載。いろんな意味でファミコン世代に衝撃を与えた作品だ。一見普通の横スクロールアクションゲームのようだが、どちらかというと正解ルートを目指すアドベンチャーゲーム的な要素が強め。しかもノーヒントでは絶対に分かるはずのない理不尽な謎があちこちに隠されており、ゲームクリアを目指すには攻略本が必須レベル……いや、攻略本があってもクリアできないほどの伝説のゲームだった。

    全文はソースをご覧ください


    【【ゲーム】クソゲーの声を跳ね返す『たけしの挑戦状』が1位!?一番好きな「タイトーのファミコンソフト」】の続きを読む


    マリオシリーズ > スーパーマリオシリーズ > スーパーマリオブラザーズシリーズ > スーパーマリオブラザーズスーパーマリオブラザーズ』(SUPER MARIO BROS.) は、任天堂が発売したファミリーコンピュータ用ゲームソフト。日本での発売は1985年9月13日。略称は「スーパーマリオ
    71キロバイト (8,817 語) - 2021年5月15日 (土) 23:50



    (出典 stat.ameba.jp)



    1 征夷大将軍 ★ :2021/05/23(日) 10:55:50.61

    アーバンライフメトロ5月23日
    https://urbanlife.tokyo/post/56799/

    ■1985年9月発売のモンスター作品
    とりわけ今でもクリアできるのが『スーパーマリオブラザーズ』です。1985(昭和60)年9月に発売されて空前のブームを巻き起こした、20世紀後半の日本を象徴するゲーム作品です。

    発売前から子ども向け雑誌で数々の記事が掲載され、注目を浴びていた同作が生み出したインパクトは、社会のさまざまなところで、それまでにない現象を生み出しました。

    ダイレクトに衝撃を受けたのは出版業界です。この年の10月、徳間書店では新書版サイズの『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』を発売します。『スーパーマリオブラザーズ』だけでなくさまざまなシリーズが出ていたことでもおなじみでしょう。

    このシリーズでは価格を400円以下に設定。ゲームのメインユーザーである小学生がお小遣いで買える値段になっていました。なお『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』は390円で、ちなみに当時『コロコロコミック』は330円でした。

    ■他業界を巻き込んで社会現象に
    この本の売れ行きはすさまじく、同年12月時点で46刷・63万部に達し、1985年のベストセラーになっています。

    1985年の出版業界では、フォード社長やクライスラー会長を務めたリー・アイアコッカの自伝『アイアコッカ わが闘魂の経営』(ダイヤモンド社)が大ベストセラーとなっていました。

    しかし、最終的に『スーパーマリオブラザーズ完全攻略本』が追い抜いて年間第1位になっています。『アイアコッカ わが闘魂の経営』は世界的なベストセラーでしたが、日本では『スーパーマリオブラザーズ』にかける子どもたちの情熱が勝っていたというわけです。

    徳間書店では、同年7月に月刊誌『ファミリーコンピュータMagazine』を創刊していますが、当初18万部だったものが、12月発売の新年号では60万部に達しています。

    この出版動向を報じた『朝日新聞』1985年12月14日付夕刊で、任天堂は

    「ファミコン本体のここまでの人気も想像できなかったが、出版物は全く予想外」

    と驚きの混じったコメントを寄せています。

    既にゲームウオッチのブームも経験し、ファミコンの売り上げも上々だった任天堂をしても、『スーパーマリオブラザーズ』が他業界を巻き込んで社会現象になることを予測していなかったのです。

    このことから『スーパーマリオブラザーズ』は、テレビゲームへの視点を子どものオモチャから、大人が真面目にビジネスに取り組む価値のあるものへと押し上げた作品だったといえます。

    ■1980年代中盤まで軽んじられていたゲーム
    皆さんはファミコン以前に人気だった、『コロコロコミック』で1979年から1983年まで連載された、すがやみつるさんの漫画『ゲームセンターあらし』を覚えているでしょうか。

    連載開始当初は、主人公の石野あらしがゲームセンターでゲームをプレイしていたのですが、途中から小学生がゲームセンターに入れなくなったので、駄菓子屋の店前でプレイするようになるなど、『ゲームセンターあらし』はなにかと世相が見える作品でした。

    この作中に、あらしのゲームのうまさがクラスの女子に否定的に捉えられ、「ゲームがうまくても給料をもらえるわけじゃない……」とゲームを止めようとするエピソードがあります。

    あらしはこの自己否定を無事に乗り越えるのですが、このシーンから、1980年代中盤までは大人だけでなく子どもたちの間でもゲームの価値は軽んじられていたことがわかります。それがファミコンの登場によって徐々に変化し、『スーパーマリオブラザーズ』の登場で激変したのです。

    ■東京と地方のゲーム温度差
    ただこの価値観の変容にも温度差はあり、東京のような大都市は地方に比べると変化が早かったようです。当時の子どもだった世代に聞いてみると、東京のような大都市に生まれの人には、

    「クラスのみんなが買っていると両親を説得して、ファミコンを買ってもらった」

    という人が多いのに対して、地方在住だった人は

    「あんなものは目が悪くなる」

    と買ってもらえなかったと回想する人が多いのです。

    ある人からはこんな話も。

    「雑誌などで東京の情報は入るわけです。東京はイベントも多いし、ファミコンのうまい子どもも多いらしいと。小学生なのに、早くどうにかして東京に住まねばと思っていました」

    『スーパーマリオブラザーズ』が東京への憧れの一歩だった人は、実は意外に多いのではないでしょうか。

    (一部略)


    【【ゲーム】ゲームのうまいヤツがかっこいい! 子どもの序列をひっくり返した『スーパーマリオブラザーズ』の歴史】の続きを読む


    コナミホールディングス > コナミスポーツ (企業) コナミスポーツ株式会社(英: Konami Sports Co., Ltd.)は、「コナミスポーツクラブ」等のフィットネスクラブ、スポーツクラブなどを運営するコナミグループの企業。 1973年設立。株式会社ニチイ(後の株式会社マイカルを経てイオ
    27キロバイト (3,221 語) - 2021年5月17日 (月) 16:20



    (出典 vitality.sumitomolife.co.jp)



    1 名無しさん必死だな :2021/05/20(木) 16:11:58.05 ID:zcfCwSQS0.net

    桃鉄の利益を食い尽くす…


    コナミスポーツ、営業赤字295億円

    スポーツクラブは新型コロナウイルス感染防止に向けた最初の緊急事態宣言を受け、昨年4月、5月に一斉に臨時休業。6月から営業再開したが、
    感染症不安の高まりを背景に、入会者の減少と退会者・休会者の増加に歯止めがかからず、これが会費収入を直撃。
    さらに今年1月には2度目の緊急事態宣言(休業には至らず)が出るなど、会員の戻りが鈍いまま3月期末を迎えた。

    業界最大手のコナミスポーツ(コナミホールディングスのスポーツ事業部門)は売上高38%減の364億円、営業損益が295億円の赤字(前期は60億円の赤字)だった。
    休業期間中の固定費など43億円に加え、減損損失・閉店コスト193億円などを計上し、営業赤字が300億円近くに膨らみ、その額は売上高にも迫った。

    コナミスポーツは閉店数が際立ち、2月末の9店舗に続き、5月末に16店舗を閉店する。今年だけで全店舗(直営店舗)の約15%を廃止する計算だ。
    https://maonline.jp/articles/sportclub_kessan_coronavirus2021


    【【悲報】コナミスポーツ、営業赤字295億円、うち閉店費用193億円、撤退するのも地獄】の続きを読む



    (出典 i.ytimg.com)



    1 名無しさん@おーぷん :21/05/05(水)01:05:41 ID:MO6y

    普通に面白かったよな
    またやればええのに


    【【ゲーム】スーパーマリオクラブ←この番組のこと覚えてるやつwwwwww】の続きを読む


    ドラゴンクエストシリーズ > ドラゴンクエストドラゴンクエスト』(DRAGON QUEST)は、1986年(昭和61年)5月27日にエニックス(現:スクウェア・エニックス)より発売されたファミリーコンピュータ(ファミコン、FC)用ロールプレイングゲーム。通称は『ドラゴンクエストI』(ドラゴンクエストワン)。
    75キロバイト (9,905 語) - 2021年5月20日 (木) 23:21



    (出典 www.famitsu.com)


    1 muffin ★ :2021/05/19(水) 14:05:46.42

    https://news.denfaminicogamer.jp/news/210519e

    ファミリーコンピュータ向けソフト『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』(以下、ドラゴンクエスト4)では、ボス戦で「にげる」を8回繰り返すと、以後、会心の一撃が連発するという裏技がある。この裏技に関して、本作のプログラマーである内藤寛氏と山名学氏がYouTubeで証言をしている。

    DQ4にげ8バグについて、あの人を直撃

    (出典 Youtube)


    1990年に発売された『ドラゴンクエスト4』は、キャラクターごとに分かれた章立ての形式、AIによる戦闘システムなどを導入し、ドラマティックな名作として語り継がれている。2001年にはPlayStation向けにリメイクされ、それをベースにニンテンドーDSやスマートフォンにも移植された。こうしたリメイクにより、オリジナルをプレイしたことがない人でも時代を超えて魅了し続けている作品だ。

    このオリジナル版『ドラゴンクエスト4』では、ボス戦で「にげる」を8回繰り返すと、以後、会心の一撃が連発する裏技が存在する。最終決戦のデスピサロ戦などで重宝するので、利用したプレイヤーも多いだろう。プレイヤーの救済措置として、あまりにも出来すぎた裏技なので、開発者が意図した仕様なのか、意図しなかったバグなのか疑問に思った人もいたはず。この裏技について詳細を明かしたのは、『ドラゴンクエスト4』のプログラマーである内藤寛氏のYouTubeチャンネル「内藤かんチャン」に投稿された動画「DQ4にげ8バグについて、あの人を直撃!」だ。

    ここで内藤寛氏は視聴者からの質問に答える形で、戦闘部分のプログラムを担当した山名学氏にこの裏技について電話で直撃。結論から言うと意図していなかった「バグ」であり、当時のメモリー容量の問題もあり、「にげる」をカウントする専用のカウンターを持っていなかったことが原因とのこと。

    『ドラゴンクエスト4』では「にげる」は通常、4回までしかできない。戦闘では必ず4回目で逃げられる仕様になっていた。しかしボス戦では逃げることができないため、4回目で逃げることができると開発者が想定していなかった自体に突入する。コンピューターは2進数が使われているため、10進数の「4」は3桁の「100」、「8」は「1000」となる。このため「にげる」を8回行うと、カウントが1000になるわけだ。

    しかしメモリー容量の問題もあり、本作は専用カウンターを持っていないので、2進数が3桁や4桁になってしまうと隣のフラグまで侵食。「にげる」のカウンターの隣の隣のフラグは、たまたまパルプンテにおける会心の一撃が連発するフラグを担当していた。そのため本作で8回逃げると2進数が1000となり、会心の一撃フラグが「0」から「1」になる。このため戦闘で会心の一撃が連発することになってしまったわけである。

    このほか、YouTubeチャンネル「内藤かんチャン」では、『ドラゴンクエスト3』の有名な「ランシールバグ」や、『ドラゴンクエスト3』のタイトルロゴについての裏話も披露している。

    ドラゴンクエスト3のあのバグは何故起こったのか?

    (出典 Youtube)


    ドラゴンクエスト3/4のタイトルロゴの秘密

    (出典 Youtube)



    (出典 img-denfaminicogamer.com)


    (出典 img-denfaminicogamer.com)


    【【ゲーム】『ドラゴンクエストⅣ』で8回逃げると「会心の一撃」になるのはバグか仕様の裏技か 真相が明らかに】の続きを読む

    このページのトップヘ